おこめ業界用語(リンク)
相場

【インサイト飯稲米】米価高騰のメカニズムと相場展望

 言うまでもなく令和6年産米は、高騰している。総務省の小売物価統計によると、東京23区2月の量販店頭価格は、コシヒカリ4,363円(前年同月比+1,922円)、コシヒカリ以外4,239円(前年同月比+1,939円)。ともに過去最高値だ。来週の政府米放出によって、世間では劇的な暴落を期待しているようだが、少なくとも前年並みには下がらないと断言しておく。何故か。〝岩盤〟と称される原料の下限価格が、すでに前年産を大きく上回っていたからだ。以下、このメカニズムを繙くとともに、今後の相場を占ってみよう。

最初の高水準な〝岩盤〟価格を死守

 この国には、米の「市場」は存在しない。比喩ではなく事実だ。小規模な現物市場はあるが、ほとんど機能していないし、先物は指数取引に過ぎない。いわゆるスポット市場もあるにはあるが、あくまでスポットであって、米穀流通の大宗を担っているわけではない。
 最も太い流れは、農協などの集荷業者と卸売業者との間で行われる相対あいたい取引だ。ただし、農協と卸の間で話し合って「相対価格」を決めているわけではない。ほとんど一方的に、言わば農協の〝言い値〟で取引がなされている。したがって末端の需要が遡って相対価格に反映されるわけではない。
 では農協は、どうやって相対価格を決めているのか。そのさらに川上、集荷価格が〝岩盤〟であって、相対価格は集荷価格プラスいくらで、ほとんど自動的に決まってしまう。
 では農協は、どうやって集荷価格を決めているのか。これを説明するには、農協の「共計(共同計算)」という仕組みを理解する必要がある。
 米は年1作の作物だから、集荷する価格は同じでも、販売価格は時期によって異なる。この販売価格をそのまま農家の収入に反映させると、農業〝協同組合〟の公平・公正が保たれない。そこで通年の平均販売価格を加重平均し、手数料を差し引いて組合員農家へ公平に配分する仕組みが共計だ。
 ただし、これが成立するには、その年産の米を全量売り切ることが絶対条件となる。もちろん集荷の際には一時金にあたる概算金(仮渡金)を支払い、全量が売れた後で最終精算するわけだが、すると組合員農家は自分の米がいくらで売れたかを知るのは、どんなに早くても1年後ということになる。
 結果的に「集荷価格」は、ほぼ概算金(仮渡金)とイコールの関係になる。農協にしてみれば、何が何でも相対価格が概算金水準を下回る事態だけは避けなければならない。集荷価格=概算金が〝岩盤〟と称される由縁だ。
 もう分かってきたかと思うが、現在の高騰米価をもたらした遠因、少なくとも最初の一因は、農協がこの概算金水準を大幅に引き上げたことにあるのだ。
 順に記すと、まず農協が令和6年産米の概算金を大幅に引き上げた。モノにもよるが、上げ幅は60㎏あたり4,000~7,000円。令和4年産から5年産にかけての上げ幅が1,000~1,700円だったことからすれば、「大幅」と表現せざるを得ない。ところが非公表のはずの概算金が、業界内では知れわたってしまう。すると農協以外の集荷業者が、「大幅に引き上げた概算金」の少し上の水準で集めて回る。
 結果的に、農協には令和6年産米が集まらない。途中から概算金を引き上げる農協もあったが、即座にその少し上の水準で集める業者が出て来るのだから同じことだ。
 連動して相対価格も上がっていく。小規模であるが故に、スポット相場は相対価格に輪をかけて上がっていく。
 以上が、令和6年産米が高騰したメカニズムだ。仮に政府米放出によって需給が緩和されるにしても、〝岩盤〟たる概算金が最初から高いのだから、それより下には下がりようがない、というわけだ。

20年以上賄えなかった生産費に限界

 では農協は、なぜ令和6年産米の概算金(仮渡金)水準を大幅に引き上げたのだろうか。公には「生産コストが上昇したからだ」と説明されている。令和6年産米の生産費はまだ公表になっていないが、全農が昨年7月、独自に令和6年産米の生産費を60㎏15,886円と弾き出している。農林水産省統計部の公表によると、1月の生産者出荷価格は60㎏19,770円だから、充分生産費を賄えているわけだ。
 しかし生産者出荷価格は、少なくとも過去20年にわたって、常に生産費を下回って推移してきた。つまり20年以上にわたって、生産者に赤字を強いてきたことになる。だから「せめて生産費を賄える水準を」との考え方は理解できる。だが、価格が上がれば需要が逃げることは分かりきっていたはずだ。また一挙に上げれば、つまり上げ幅が大きければ、これを投機の対象とする新たなプレイヤーが登場することも予想できたはず。20年以上にわたって耐え忍んできたのならば、上げ幅を抑えておけば、需要が逃げることもなかったし、〝不足〟感に苛まれることもなかったのではないか。
 概算金の水準を決めるのは、最終的には農協(単協)だ。だが農協経済事業の全国連である全農は、前述した通り昨年7月、独自に令和6年産米の生産費を弾き出した上で、令和5年産の概算金平均との差額を60㎏およそ4,000円と示してみせた。これが今にして思えば〝余計な行為〟だった。全農から「前年比+4,000円」とのサジェスチョンがくれば、当然のことながら単協が上乗せしてくるのは目に見えていたずだ。
 令和6年産米の高騰をもたらした「最初の一因」は、この全農による〝余計な行為〟にあったのではないか。

政府米放出、あり得ない続伸・暴落

 最期に、今後の相場だ。
 短期的には、政府米放出がどのような効果をもたらすかにかかっていると言える。これは、ひとえに放出された政府米の価格水準次第だ。
 既報した通り、〝不足〟している令和6年産米は、あちこちの段階に少しずつ滞留している。流通段階の滞留分は、すでに仕入れてしまった価格水準より低く政府米が出てくれば、慌てて売りに出すだろう。まさか損切りもできないからだが、〝被害額〟が大きくなるようなら、来年まで抱えて耐え忍ぶことも考えられる。
 最も多く滞留していると思しい産地はもっと単純だ。放出された価格水準より、ほんの少し低い水準で売りに出せば済む。
 結論的には、令和6年産米が「さらに上がる」ことはないものの、「大暴落」もまたあり得ないと言える。

 問題は令和7年産だ。全農新潟県本部が去る2月28日、単協への仮渡金(新潟では概算金ではなく仮渡金と称している)を提示した。仮渡金(概算金)は収穫直前、新潟であれば8月に示すのが通例だが、この時期に示すのは異例中の異例だ。しかも今回示したのは「最低保証価格」であって、例年通り8月に示す「本物の仮渡金」は上乗せする意向を滲ませている。その水準は以下の通り。

R7
当初仮渡金
前年比
(対R6当初)
前年比
(対R6追加払後)
新潟一般コシヒカリ23,000円+6,000円+4,500円
新潟岩船コシヒカリ23,000円+5,700円+4,200円
新潟佐渡コシヒカリ23,000円+5,700円+4,200円
新潟魚沼コシヒカリ25,000円+5,500円+4,000円
新潟こしいぶき20,000円+5,500円+4,000円
新潟新之助24,000円+6,000円+4,500円

 令和6年産米で集荷に苦戦した、というか集まらなかったため、令和7年産米は早めに提示することで「農家組合員に安心してもらいたい」と県本部では主張するのだが、諸刃の剣であることは言うまでもない。これほど早く手の内をさらしてしまっては、農協以外の集荷業者に少し上の集荷価格に備える資金手当の時間を与えてやっているようなものだ。
 もっとも県本部も「令和7年産の集荷は容易ではない」と語っているから、それなりの覚悟はありそうだ。
 正直なところ、農協が集荷競争に勝ち残るには、共計制度をやめるか、全量買取に移行するかしかないように見えるのだが。

タイトルとURLをコピーしました